気になるニュース

わたし的に気になる芸能ニュース

    タグ:佐藤浩市



    (出典 www.sirolog.com)



    1 muffin ★ :2019/05/13(月) 17:27:55.37 ID:7izkTPZ29.net

    https://npn.co.jp/article/detail/96171252/
    2019年05月13日 12時40分

    俳優の佐藤浩市のある問題発言を巡り、芸能界が激震を続けている。今月24日に公開されるかわぐちかいじ原作の実写映画『空母いぶき』(若松節朗監督)で、総理大臣・垂水慶一郎役を演じている佐藤。

    この役柄について漫画誌のインタビューで、「最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね」「彼(首相)はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです。だから、トイレのシーンでは個室から出てきます」と回答。これが潰瘍性大腸炎の持病を持つ安倍晋三首相を揶揄している、さらには病人をバカにしているとネット上が紛糾。もはや手が付けられないほど大炎上しているのだ。

    これに敏感に反応したのが、作家の百田尚樹氏。自身のTwitterで「三流役者が、えらそうに!!何がぼくらの世代では、だ。人殺しの役も、変態の役も、見事に演じるのが役者だろうが!」と激ギレ。更に、「もし今後、私の小説が映画化されることがあれば、佐藤浩市だけはNGを出させてもらう。」と絶縁を宣言した。また、高須クリニック・高須克弥院長も、佐藤の発言に疑義を呈した一般ユーザーのツイートをリツイートしながら、絵文字で使われる「怒り」マークを2つ重ねて自身の感情を表現。

    他にも、この論客も黙っていなかった。幻冬舎・見城徹社長もTwitterで、「人の難病をこんな風に言うなんて。観たいと思っていた映画だけど、僕も観るのはやめました」「自分の発言がどれだけ共演者やスタッフに迷惑をかけているか、よく考えて欲しい」などと苦言を連発。その波紋は広がり続けている。ますます広がりそうな空前の佐藤浩市バッシング。制作側は公開を前に、どうこのプチパニックを鎮めるのだろうか。

    関連スレ
    【芸能】佐藤浩市が“首相を揶揄” ネット上で批判 漫画誌インタビュー記事★8
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1557734070/
    【作家】百田尚樹氏 佐藤浩市に絶縁宣言「三流役者が、えらそうに!!」「佐藤浩市だけはNGを出させてもらう」★3
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1557726345/

    ★1が立った日時:2019/05/13(月) 14:58:45.37
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1557731220/


    【佐藤浩市、安倍首相を揶揄疑惑 高須院長や幻冬舎社長も批判「観るのやめた」など大混乱】の続きを読む



    (出典 i.ytimg.com)



    1 江戸領内小仏蘭西藩 ★ :2019/05/03(金) 06:24:17.68 ID:cifNjdoK9.net

    5/3(金) 6:00配信 文春オンライン
    https://bunshun.jp/articles/-/11785?page=1

    (出典 bunshun.jp)

    2013年に他界した三國連太郎 ©文藝春秋

    「父親としての認識はほとんどないんです。僕が小学5年のときに彼は家を出たわけだけど、その前もそれほど家にいる人ではなかったし、生活を共有してるという意識はほとんどなかった。たまに彼が家にいると、食事を一緒にするのが苦痛、という親子の距離感でしたから……」

     さる4月12日。故・三國連太郎の「7回忌」がおこなわれ、西田敏行、北大路欣也、三田佳子、岩下志麻ら、日本を代表する俳優がずらりと顔を揃えた。

     三田佳子は自身のブログを更新し、
    〈多くの作品で三國さんのオーラを体感してきたからこそ、私の身の内にも『俳優・三國連太郎』のスピリッツが残っている気がします〉
    こう綴って、三國との数々の共演作品をふりかえった。

     この「7回忌」を取り仕切ったのは、三國の長男で俳優の佐藤浩市(58)。息子の寛一郎(22)も役者の道に進み、いまや親子3代、俳優道を歩んでいる。

     三國が90歳でこの世を去ったのは、いまから6年前、2013年の4月14日のこと。生涯に4度結婚し、佐藤は3度目の結婚相手との間に生まれた。だが、佐藤が11歳のとき両親は離婚し、その後、父と息子の深い交流はなかったという。佐藤が19歳で俳優デビューした後も、父子共演は数えるほどしかなく、確執が報じられたこともあった。
    長らく父について語ることがなかった佐藤だが、7回忌を機に、亡父の思い出を「文藝春秋」に語った。聞き手は、晩年の三國に密着取材を続けたノンフィクション作家の宇都宮直子氏である。

     冒頭の言葉に続けて、佐藤は次のようにも語った。

    「ただ、そういう一般論なんて僕には関係ない。父親イコール役者で何が悪いのか、と思っていますよ。僕にとっては役者・三國連太郎が父親であるし、父親・三國連太郎というのは役者なんです」

    ――お父さまの存在を思い出すのは、どんなときですか。

    「家に仏壇があるのでね。あまり信心深い人間ではないですけれど、朝起きて、仏壇を開けて線香あげて、『親父、今日も家族みんなの健康を頼むよ』ってお願いするときには、思い出さざるを得ないです。
    三國は散骨を希望していました。『なんで叶えてやらないんだ』と言われればそれまでだけど、なかなかできないものなんですよ。
    一緒にいる時間が少なかったから余計にそう思うのか、僕の中でもまだ答えが出ていないけれど、やはり自分の思いとして、墓を作ってあげたいなと。だから彼の散骨希望は、僕が勝手にやめにしました」

    ※ 全文は記事で

    (出典 bunshun.jp)


    (出典 bunshun.ismcdn.jp)


    【俳優・佐藤浩市が初告白「父・三國連太郎の“遺言”を守らなかった理由」】の続きを読む

    このページのトップヘ